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「何か」をしないといけない

 ミルトン・エリクソンは盛んに「「何か」をしないといけない」と述べていました。

この言葉は私の脳裏に刻み込まれ、診察室で「何か」をする理由となっています。

このため口で説明するだけでなく、わざわざ「何か」をします。

この場合患者さんにも、「何か」をしてもらうことになります。

と言っても診察室では普通は椅子に座っている状態なので、座ったままで出来る「何か」というのが大半です。

例えば前回書かせて頂いた Visual Squash も「何か」の一つですが、今はさらなる「何か」として音叉を付け加える事が多くなっています。

まあ一種のパフォーマンスですね。

「何か」をしてもらった方が、口で説明するよりも治療的意義があると信じています。

「習うより慣れろ」とか、「身体で覚える」とかいう事でしょうか。

しかし実際はこちらが意図している事が、伝わらない場合があります。

その場合、患者さんとしては一体何をしているのかがよくわからないという事になります。

でも不安を感じる必要はありません。

人間は自分の文脈に「何か」を当てはめて、無意識的あるいは意識的に解釈をしていく能力があります。

「変形派生的探索」と言います。

それが「自己治癒力」につながっていくのです。

だからあなたが「何か」をした、という事が大事なのです。

その事自体が、意義(意味)のある事なのですから。